【カイさんが、天国にいった】

猫/死別/旅立ち/天国/お別れ/

さる2019年 10月 14日(月/祝)、愛猫のカイ(海)さんが亡くなりました。16歳0ヶ月でした。この一週間は、そのことが僕の全てを支配した時間でした。

何もかもいつも通りの朝

その瞬間にたまたま居合わせたした母の話では、いつも寝ていたゲージの上から落ちるようにして、床に横たわり、目をあけたまま、瞬きもしなかったそうです。その朝もしっかりとごはんを食べ、いつも通り、何もかもいつも通りの時間が過ぎてゆく中で起こったことでしたから、ちょうどその時、越後長岡の悠久山を歩いていた私に連絡をくれた母親の電話口からは、全く理解ができなかった様子でした。

市川周辺の海岸で拾われた子猫

カイさんは(正式には[海(カイ)]なのですが、僕の中では[カイさん]でしたので、ここではそう書きます)、2003年11月23日の祝日に我が家にやってきました。元々拾い主様から譲り受けたもので、浦安か市川周辺の海釣りスポットで拾われた子猫でした。生後1ヶ月くらい?とにかく小さくて目なんかまだ全然青くて、絵に描いたような”ザ・子猫”という状態でやってきたことを覚えています。当時実家には初代クララ(犬/♀)と二歳くらいのジジ(先輩猫/♂)がいて、ジジがテーブルに置かれたカイさんの入ったゲージを覗き込んだ途端、初めて「シュー!!💢」っと、怒ったような様子を見せたことを今でも鮮明に覚えています。

先輩猫ジジに守られたカイさん

ただ、ジジもその時は自分の想像を超えた事態にビックリしただけだった、と思います、何しろそのあとのジジは、それまでの甘えん坊から、一気にカイさんのお兄さんへ様変わりしたからです。いつも遊んでいたねずみのおもちゃは、まずカイさんに遊ばせる、それを知らずに、カイさんは、いつまでもいつまでも、ねずみを追っかけ回したていたことを思い出します。元々、カイさんは行儀が良くて、あまり騒いだり、鳴きわめいたりすることのない静かな性格でしたが、ネズミおもちゃには誰よりも思い切りのいいアタックを繰り出していました。毛並みが汗で湿ってくるほどに、、、それを静かに眺めるように寄り添うようにいたジジも立派でした。

カイさんの距離感

元々ペットなどあり得ないモードの我が家に、気がつけば1ワン2ニャンの家族が増えていました。その中で、カイさんはあくまでも独自の立ち位置で、静かに、マイペースでそこにいるという感じでした。あまりベタベタと近づいてくることもなく、それでいて気づくとちょうどいい距離に座っていたりするし、ジジさんが僕の部屋にいないときにやって来て僕のひざにモソっとのてくることもありました。カイさん独特の距離感だったように思います。

僕の部屋は窓を開けるとすぐ屋上につながっているため、そこに出たい時にも僕の部屋に来てたように思います。屋上というかベランダのような場所ですが、そこには当時母親の植えた花壇のようなものがあり、よくその花の匂いを嗅いでいたカイさんを覚えています。

ベランダで花を嗅ぐカイさん。

さばきたての刺身を見つめるカイさん

また、父親が釣りに行くと、夜、さばいたお刺身を誰よりも楽しみにしていたのもカイさんでした。台所のカウンタにジャンプして、そこから静かに、まな板で魚がさばかれてゆくのをじっと見つめていました。夕飯の時には時々そうしたおこぼれをもらっていましたし、その時には目の輝きが、俄然、違っているのが今でも思い出されます。海に生まれた記憶が蘇っていたのかもしれません。

最後まで健康だったカイさん

そして、最後まで、カイさんは本当に健康でした。実際には具合の悪い瞬間もあったのかと思いますが、あからさまな発熱や病気なども一切なく、また骨太でふっくらしたカラダ(ジジよりも大きなくらい)も健康そのものという感じで、おまけに毛並みはつやつやとしていて天鵞絨(ビロード)のような手触りがなくなるその日まで、カイさんのトレードマークでした。

最期も病気があったわけでもなく、医師の話では、明確にはわからないとした上で、[血栓]が体内の重大な箇所に詰まった可能性が考えられそう、ということだったようです。そのため、カイさんとのお別れはあまりにも突然のことでした。例えば少し病気がちだとか、食欲がなくなって来たとか、そういった状況があれば色々と心づもりやできることも色々あったのに、、と思うここ数日でした。とはいえそれは自分の勝手だと理解しているのもあって、逆に苦しまないで楽になっていったのだと思えばそれはもっと幸せなことだったと思います。

静かにマイペースで、ジジといつも一緒に丸くなって暖かそうに眠っていたカイさんが今はもう、いないと思いながら、ここ数日は何度も涙が出て来ました。一日でも前に戻れたら、、と電車の中でも堪えられなくなる瞬間もありました。当たり前の存在こそ実は最も貴重なものなんだと、何度も知らされながら、もっとこうしておけば良かったとかいつも思ってしまいます。

中野哲学堂の蓮華寺にて

クララもお世話になった哲学堂の動物霊苑で10月17日(木)に荼毘にふされ、今では静かに実家で家族を見守ってくれています。ちょうど外にはキンモクセイの香りがいっぱいにただよっていました。来年も再来年も、生きている限り、キンモクセイの匂いはカイさんとつながるものになりました。

哲学堂動物霊苑にて、最後のお別れ

拾い主様のブログから

カイさんの命日は、おそらく誕生日とも近いものと思います。日程については我々家族は忘れていたのですが、実は、もとの拾い主様がブログを残されており、急遽その情報を得た僕の方で検索、ページを繰りながら文面を追っていくうちに、拾われた日、概ねの場所、それからうちに来た日程が判りました。これは僕にとては本当に素晴らしいことでした。

家族の間で今回の件を、拾い主さんへ取り急ぎ連絡した方がいいということになり、拾い主さんも今ではツイッターでメッセージを受け付けているようでしたので、勝手ながらDMにてお送りしたところ、すぐにご返信を頂きました。本当に、ありがとうございました。

拾い主の方は、民族音楽をやってらっしゃるバイオリニストの方。当時、約ひとつきもカイさんを保護していておられ、先輩猫がいる中で寝食を共にする中で、生後すぐのカイさんを優しく見守っていてくれた方です。

カイさんがうちに来る日のこと

ご自身の書かれているブログには、カイさんを拾った日や、病院へ連れていったりしたことなどが簡潔ながら細やかに書かれていて、そしてカイさんの引き渡しの日の記事は、涙が出るほど感動的でした。

カイさんがうちに来るその日の始まりの瞬間を残しておきたく、大変勝手ながら、一部を引用させていただければと思います。

2003-11-23

夕方、海さんを引き取ってくださる方が車でうちの近くまでいらっしゃる。

海さん何も知らずに爆睡中。そっと抱いてゲージに入れる。
売る訳ではないのに「ドナドナドーナー」と脳内コンサートが行われる。

拾った時は手のひらサイズで震えていた海さん。
すっかり元気に大きくなり、子猫っぷり全開の海さん。
わたくしの顔を舐める海さん。
朝目を覚ますと顔の横にぺったりくっついて寝ている海さん・・・。

ゲージに入れた海をTさんに渡す。

ゲージの隙間からにゃーにゃー鳴きながら伸ばす手をそっと握るわたくし。
可愛がってもらってね。
新しいおうちの猫さんのご飯を奪っちゃだめよ。

「名前はありますか?」と聞かれ、「海と呼んでいましたが」と答えると

「じゃあ海くんかー」と名前をそのまま使っていただける様子。


たいへん親切そうな人で、猫と犬をもともと飼っていらっしゃるおうちで、

一ヶ月がんばった甲斐あってこれ以上ないくらい良い里親様を見つけたというのに、

やはりちょっと寂しくてしょんぼりとなるわたくし。


助手席に乗っている方に抱っこされ、車が去るときに海さんと目が合う。
きょとんとして大人しく抱かれている。
海・・・。

げんきでね、いい子にして可愛がってもらってね。”

(カジカさんのブログ[kajika_musica]より引用)

当日のカイさんの様子、それまで保護していただいた間の時間、想いがぎっしりと詰まったものでした。

そうした記録を残して頂いたことに本当に感謝してますし、今回のこともすぐに連絡をお送りすることができて良かったと思っています。母親がツイッターのアカウントがないため、文面を作り僕からお送りしましたが、本当にご丁寧なご返信を頂きありがたく、また、カイさんにもそのことを先ほど報告してきました。

カイさん、ありがとう。

カイさん、君は自分では気づかないくらい多くの人たちを笑わせ、まどわせ、温かい気持ちにさせてきましたよ。本当は、もう少しゆっくりと最後の時間を過ごしたかったけれど、それもカイさんらしいありようだったのかな、と、カジカさんの仰るように、今では少しずつ整理できそうです。

カウンタの定位置。両手をきちんと揃えるカイさん。

広い地球で、我が家に来てくれてありがとう。

家族になってくれて、ありがとう。

僕の心の中にはいつまでも、変わらないカイさんが、生き続けてゆくと思います。

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