ご報告
この日のためにお越し下さったみな様に本当に心から感謝、御礼申し上げます。
下り坂の今日のこの頃の天気ですが、本日は奇跡的にど快晴。本当に、何か見えない手の存在を信じないわけにいかないほどの好天でした。
愛宕神社には数多くの参拝客の方がみえており、妻の白無垢姿に、時おり驚きの声や、お祝いの言葉をかけて下さったり、本当に素敵な場所で式が挙げられたと心から喜んでいます。
親戚のおじさん、お世話になった先輩、歌詞提供いただきともに制作した音楽の先輩、親友、、自分を育ててくれた方々が一堂に会している風景。二度と見られない景色でした。
もともと、一人でいることが好きだった自分ですが、パートナとの暮らしの中で(5年ほどともに暮らしてきました)、初期はじぶんの空間、時間がないことに苛立ったことも多かったですが、次第に、相手を受け入れてゆくことの大切さを日に日に大きく感じ、学べるようになってきたと思います。この歳になって初めてそのように本心から学べるようになりました。これは相手がいなければまず分からない、学ぶことができないことでした。その意味で本当にパートナ、いや今からは妻ですね、妻には本当に感謝しております。
昨年6月末に嬬恋の愛妻の丘にてプロポーズし、約半年、両親の挨拶から式場の手配(様々な事務所で話を聞きました)、式の準備、日中の仕事との両立(できていたかどうか反省してますが)。出張も多いため、大事な時に自宅での作業や打合わせができないもどかしさがあり、これが一番辛かったことでした。
けれど今はそれがついに形になって、終わったことで、ホッとしている気持ちと、なんとなく寂しい気持ち、そこに楽しかった記憶が混ざって本当になんとも言えない心象を感じています。
年明けからは、日に日にポストに入ってくる招待状を楽しみに過ごした最後の二ヶ月間でした。今その束を、直筆のメッセージを眺めていると、またあの時に戻りたいなと、温かい気持ちでいっぱいになっています。
時間の積み重ねというものは気持ちに結びつくのですね。乾杯の挨拶をいただいた恩人の言葉に、歴史好きは歳を重ねるごとにお互いを尊重できるようになるという主旨のお言葉がありました。自分の生きる時間はじぶんの想うより大切なもの、貴重なものなんだなぁと考えを新たにしています。
写真をたくさん撮られましたが、今日の今日ですのであまり手元にないためこちらにアップすることが叶いませんが、一部でも、雰囲気をお伝えできればと思い、アップしてみます。
自分がこれまで、決して一人ではなく、周りの方々のおかげで、そして両親のおかげで幸せに生きていることを知りました。生まれ生きるということは、人との出会いで作られてゆくものだと知りました。
本当にみなさんがいらしてくれたのが嬉しくて仕方がなく、気持ちが収まらない今の思いをとにかく綴ってみることくらいしかできない状態です。
生まれてから今日ほど感謝の念を持ったことはなかったです!本当にありがとう。
2019年 3月2日 多々戸 とんかつ
愛宕山